一麦:渡辺家のHP
アトランタ発第68便
2007・10・22
すっかり秋も深まり、朝夕は寒いと言う季節になりました。例年より遅い初雪も降ったとか。猛暑に苦しめられた年の冬は、なぜか寒さが厳しいそうです。お元気でしょうか? 私たちは楽しみにしておりました、日本行きを目前に忙しく、でも元気に過ごしております。何しろ、早くに決まったものですから「楽しんでいる」時間がたくさんあって、もう元を取ったような気分さえしています。と言っても、「いよいよ」の気分は格別です。お会いできる方々のお顔が目に浮かんできますが、思いながらも遠方でお目にかかれない方々のことも殊更に思い出しています。特にご病気療養中の方には申し訳なく思われます。
さて、旅行と云うと私の荷物が大きすぎるとよく言われるのですが、まず準備は病院関係から始めました。日本での診察は石川医院の跡で開業していらっしゃる河野先生にお頼りしていますが、こちらの先生とも相談し、日本で使用されている薬類は日本で買うことにし、こちらから持って行くべき物をそろえました。ダディの妹里子さんにお世話いただいて薬合わせをしましたが、やはり、こちらの方が強いお薬が出ているようです。1ヶ月前の検診では、「絶好調」と先生も喜んで下さっていたのですが、その後、かぶれに始まり、理由の分からない湿疹が出て大騒ぎをしてしまいました。始めのはどうやら、みんなが怖がっている漆のようなアイビー(蔦)にやられたらしく、ステロイドを6日飲んでおさめましたが、ステロイドが終わって2日経ってから全身あちこちの湿疹が出ました。10日ほど我慢してから、またステロイドのお世話になりました。今度は大丈夫そうですが、この時期、こんな患者さんが30人も来ているというお話でした。幸いあと1週間の余裕をもって正常に戻り、ほっとしています。インフルエンザの予防注射も済ませました。
こんな状態で草取りは控えていますが、せめて春の為にとチューリップなどの球根は植えました。トマトやキュウリを片付けてブロッコリーやレタスを植えたいと思っていたのですが、今ジョージアは、水不足が心配されていて、畑の水遣りは一切禁じられています。2,3日前に大統領宛に水不足に対する援助の依頼もなされたそうです。もちろん雨が少ないためですが、一つには、アトランタの人口がものすごい勢いで増加しているためだとも言われています。
さて、楽しい話題に移りましょう。9月の最後の週末に、アトランタの日米協会主催のジャパン・フェスタがありました。今年は、我が家の「もう一人の娘」であるグレース・ネットランドが日米協会の事務局長に就任してがんばっているので、殊更力が入りました。 これまではストーン・マウンテンの野外で行われていたのですが、今年から我が家の近くにあるグイネット・コンベンション・センターが会場になりました。以前、地元のバレー団の発表会を見に行った所です。隣にはアリーナ(体育館)も在ります。初めての開場でもあり、いろいろもたつきもありましたが、18000人の人が集まったそうです。ノークロス、ウエストミンスター、ピーチツリーシティーと三つの日本人教会が一緒になって一つのブースを借りて、本を売ったり、ゲームをしたり、歌を歌ったりして教会のPR をしました。いくつかの反省点がありましたが、これからだと思っています。ウエストミンスター教会の武井さんががんばってやっている「アトランタで初めての総合学習教室・ペガサス」では一番小さい3歳児までの子どもたちのリトミック・クラスがわらべ歌などを発表しました。30人くらいのお母さんと子どもたちでかわいかったです。その他、バイオリン教室のステージも楽しいものでした。他に沖縄舞踊、日本舞踊、太鼓の演奏、弓道・空手など色々な武道の実演も見られました。銀座通り?では浴衣を着た人々がヨーヨー釣りなどを楽しんでいました。日曜日の夕方にはお神輿や、狭い所で盆踊りも登場しました。日本食のレストランもいくつか店を出していましたが、漏れてきた感想では期待されたお祭り並みの出し物としては、ちょっと合わなかった様だとの不満も聞かれました。
ジャパン・フェストの次の週、グレースと食事に行き、「お疲れ様」をしましたが、彼女は10日から短い出張ですが、日本行きが決まっていて楽しみにしていました。今年は私たちも青森に行くことになっているので、青森の、あの方この方の話も出て嬉しいときでした。その週は火曜日にエステル会と言う7人の婦人たちの集まりに初めてお招きをいただき、アトランタの新しい地区に出かけました。きっかけになったのは、しばらくうかがっていたピーチツリーシティーの教会にいらっしゃる知子・ジュディーさんにお目にかかったことからでした。知子さんは日本に教会ができた初期に信仰に入って、三島(静岡県)で大きな働きをなさった小早川正三さんのお孫さんに当たります。私の曽祖父の妹が嫁いだ家の一族関係者も三島地区で多くクリスチャンになりましたが、同じ時代のお話です。今、ここで、私たちがお知り合いになれたことも、不思議なお縁に思えて嬉しく感謝しています。夜はマイケルの高校のフットボール場で、郡内五高校のマーチング・バンドの競演があるというので出かけました。会場校だからなのか、登場は一番目でした。まず開会式でアメリカ国歌の演奏をしました。続いて80人ぐらいのメンバーが演奏隊形に並んだとき、真ん中にマイケルが一人立っていました。司会者のアナウンスで、指揮者に続いて、「ソロ、マイケル・ワタナベ」と紹介されました。そのソロのから演奏が始まりました。リンの話では、グランドは広いのではじめはなかなか大きな音が出なかったそうですが、どうしてどうして立派に役目を果たしていました。忠信の話では、あまりあがることもないらしいということでしたが、胸を張って楽しそうに吹いていました。
この土曜日には、コンクールがあるようですが、スポーツのシーズンが終わるまで、練習と試合で親子ともスケジュールいっぱいで忙しいことです。
私たちはその木曜日がサウスキャロライナ州グリーンビルの集会の日でしたので、水曜日はアクォースには泊まらずに帰宅、翌朝7時半に出発という忙しさでした。ずいぶん長い間体調が悪かった高橋ひろみさんが、良くなって出席されました。また、以前から御主人のお仕事がうまく行かないで心配していた理恵さんが、先月、アメリカの薬剤師の試験に合格した、と言う嬉しいニュースとともに久しぶりに出席されましたが、今回もにこやかにおいでくださってほっとしました。これから専門の英語のテストにチャレンジし、1年間の実習期間の後に仕事に就けるのだそうです。将来が見えてきて喜んでいます。
金曜日には頼子が、アトランタ・シンフォニーの切符が買えたから、ということでまたまたグレースも一緒に音楽会に行きました。さすがにこういう所に行くと、普段のアメリカ人と違って、ドレスアップした人を見ることができ面白く思います。もちろん、日曜日のお昼にレストランに入ると、明らかに教会帰りと分かる正装した人がいっぱいです。
次の日曜日も特別な日でした。ウエストミンスター教会で恒例の「さんまパーティー」が行われたのです。ちょっとしたものを焼いても、警報ブザーがなってしまうので「焼き魚」を食べることはなかなか億劫なのですが、この日は屋外で男子会のメンバーがさんまとイカを、たくさん焼いて御馳走して下さるので、みんな楽しみにしている訳です。
今週木曜日から10日ほど、頼子は研修会のため、ボストンに出かけます。そして私達の出発する前の23日から3日間は圭三さんもテキサスに出張です。24日には忠信が泊まりに来て、翌朝飛行場まで送ってくれることになっていますが、この家は珍しく空っぽになります。帰って来ると間もなくクリスマス。アトランタ便もしばらくお休みになります。よろしく。
郁 子
日本での日程のあらましです。お祈りください。
10月26〜29日 東京中野、生越宅(03-3384-1603)
29日〜11月2日 神奈川愛川町、石川宅(0462-85-2893)
3日〜8日 関西へ(三島)(静岡)(名古屋渡辺宅)(岐阜)(岡山)
8日〜10日 関東へ(静岡)(神奈川愛川町)(東京町田)
11日 名古屋一麦教会
12日〜13日 山梨小淵沢
13日〜16日 (新潟)(青森へ移動ドライブ)
16日〜20日 青森,鎌田家
20日〜23日 東京へ移動(盛岡・宮城)
23日 東京阿佐ヶ谷、結婚式
24日〜25日 (名古屋親戚の集まり葛木会)(名古屋昭和橋教会)
25日〜12月1日 (軽井沢)(神奈川愛川町)
1日〜10日 東京中野 生越宅
12月10日 成田発
* 成田空港で携帯電話を借ります。事前に番号を知らせてくれるはずですが、まだです。必要でしたら、生越宅か石川宅へお問い合わせください。
* メールはいつものメール・アドレスで大丈夫です。(PCを借りてチェックします)