一麦:渡辺家のHP
アトランタ発第74便
2008.8.13
とうとう7月はアトランタ便も書けずに怠けてしまいました。日本も大変な暑さの様ですが、アトランタもこの夏はとても暑く、年のせいもあるかもしれませんが、少々夏ばてをしています。暇があるとごろごろしてしまいました。と言っても私たちにちょうど良い程度の仕事もあって楽しく過ごしています。でも暦では立秋が過ぎましたから、暑さももうしばらくのことでしょう。皆様はどんな夏を過ごしていらっしゃいますか。
7月1日は、忠信と一緒に「老人医療保険」のことを尋ねる為の面接日でした。前の日から忠信の家で泊まり、9時45分に遅れないよう早めに出かけました。アメリカの医療保険は「国民皆保険」ではなく、個人(会社等団体)と保険会社の契約です。65歳以上の高齢者には、公の保険があります。しかし、永住権を取ってから5年経たなければ入れません。私たちは永住権を取ったのが2004年11月ですから来年の11月までは待たなければなりません。その上、最近保険料について耳に入って来たのは、65歳で加入するのが原則であるから、加入時の保険料が1年遅れる毎に10%高く計算をされるというのです。ダディは来年81歳、15年遅れで150%高くなるのではなく、複利計算と同じで4倍以上になってしまいます。そういう場合の補助的方法があるらしいのですが、誰に聞いても正確には判らないので質問することにしたわけです。その結果、それは国ではなく、州の担当だから、次の役所への手続きをしておくということで、今は次の呼び出し待ちです。神様が最善をして下さると信じて待つことにしています。
ところで先月はまた岩手に大地震!のニュースで驚きました。妹は「東京でも、びっくりして飛び起きたのよ」と言っていました。岩手、青森を中心に200人を越す怪我人が出たとか。幸いこの春お訪ねした青森の友人たちも守られたと知ってほっとしています。登米市(宮城県)の弟は「地震慣れしちゃったから平気だ」と言っているそうです。度重なる地震災害に心を痛め、被害に会われた方々の為に祈らせて頂きたいと思います。
さて、アトランタからは嬉しいニュースがあります。4月に日本から帰って直ぐに知らされた宮崎千穂さんの悪性リンパ腫(癌)は、化学療法(キモセラピー)が行われていますが、4回目の後での中間検査の結果、「癌細胞は見つからなかった」と知らされました。しかし、治療は予定通り進め、今週が最後の6回目の治療になります。こんなに早く良い結果を聞くことができて感謝しています。また、一時はどうなるかと思われたグレースの方も、4日に中間検査の結果「肝臓の癌が50%小さくなった」という報告を聞きました。前の週末には頼子と一緒におすしを食べに行きましたし、5日にはシカゴからお兄さんのハロルドが来て、私たちも一緒に中華料理店で久しぶりに会食を楽しむことができました。ヘロちゃん(ハロルドの子供時代の呼び名)は、日本でもそうでしたが、今はシカゴの神学校の先生をしています。お父さんが亡くなる前に日本へお別れ旅行でいらした時以来ですから、20年ぶり位でしょう。でも顔を見ているともっともっと前、忠信たちと一緒になって「おかぁちゃま」と駆け寄ってきた幼顔が目に浮かびます。グレースは、8月末までには予定の化学療法が終わるので、その後しばらくソルトレーク(ユタ州)に住んでいる姉のサラの所に2,3ヶ月の予定で行くことになるようです。骨癌特有の痛みのため、パッチを張っていますが、しっかり歩くこともできるようになり、今は夜だけ友達に泊まってもらっています。でも一人での生活は大変なのでソルトレークに行くのは良い決断だと私たちも思います。
7月4日の「独立記念日」をはさんで、例年のように「フロリダ」へ行きました。ただ、今年は3年前のハリケーンで壊れたパナマシティーのピア(桟橋)が改修のため閉鎖されているので、アラバマ州に近いペンサコーラに変更しました。そこにお住まいの柳子さんをお訪ねするのも楽しみでしたが、弟さんのご病気で急遽帰国され果たせず残念でした。でも、山崎一家を交えての「釣り三昧」の楽しい日を過ごしました。今回は大きなアジがたくさん獲れましたので、帰った翌日にはグレースに「アジのたたき」を届けてあげました。17日にはロバの子クラブ(子育てママの集まり)、19日にはAJCF(青年の集まり)、24日は診察日などの予定がありました。23〜27日は、圭三さんと頼子が、「安い切符が手に入ったから」とフロリダ半島の最先端にあるキーウェストへ出かけました。マイアミまでは飛行機で、そこからはレンタカーで3時間余、途中「長〜い橋」を通ってのドライブです。今回はシュノーケルでの海中散歩を楽しんだそうです。その間26日には、ルイビル(ケンタッキー州)で開かれたギデオン協会(学生・病院・ホテル等に聖書を寄贈する実業家の団体)の国際大会に三島市(静岡)から出席された湯山さんをお迎えしました。ロスアンゼルスにいらっしゃるお嬢様を訪ねて帰国される途中、お立ち寄りくださいました。3月には三島でお世話になり、嬉しい再会でした。翌日はウェストミンスター日本人教会の礼拝にお連れしました。キャンプ前の準備で慌しい雰囲気でしたが、現地の活動を見たいというご希望には添えたのかもしれません。一段落した夕方、牧師館でしばらくゆっくりしてから、武田家の二人も一緒にアトランタで一番古いという中華料理店「豊美」で夕食。その後、湯山さんには家で休んでいただき、10時に到着予定の圭三さんと頼子を迎えるため飛行場に向かいました。夏時間なので9時半でもまだ薄明るいくらいです。キャンプの準備もほぼできたようで、月曜日は恒義さんが観光案内をしてくれることになり、教会に最後の連絡などに備えて牧実を残して4人でダウンタウンに出かけました。ダウンタウンは一方通行が多く、不案内なダディは近寄りたくない所ですが、さすが恒義さんは31年のアトランタ生活。今回は時間の関係もありましたが、湯山さんが去年の半日コースツアーで回らなかった南北戦争の記念館「サイクロラマ」に行きましたが、定休日。でも、昼食を兼ねて立ち寄ったアンダーグランドで、その一部の模型が展示されているのを見ました。ミッドタウン、ダウンタウンを走りながらアトランタの歴史を聴き、昔の生活を偲ぶ「スワンハウス」を案内してもらいました。牧実が用意してくれた夕食を済ませ、その夜は教会に泊まり、よく朝早くお発ちになる湯山さんとお別れしました。
30日から忠信の出張に伴いアクォースの留守番。8月1日には日本クリニックで倉岡先生のテレビの取材に協力、チラッとではありますがインタビューを受けました。これは、読売テレビが4日間、先生に張り付いて活躍ぶりを取材するものです(関西だけの放送だそうです)。その後「第31回ファミリー・バイブル・キャンプ」に参加。キャンプ初日の夕食はみんながお弁当を持ち寄っての会食なのですが、今回ばかりは何も作る時間がなく、みんなが大好きなケンタッキーフライドチキンでスパイシー・ウイングを30本買って行きました。私たちは今回も自炊するので、炊飯器・電気ポット・鍋・コンロ、そして二つのアイスボックス持参でした。現地では氷以外何も買えないので3日間とは言え、お米・梅干・佃煮・缶詰・おやつなど、こまごまとそろえました。今年は111人と近年では少な目でしたが、初めてで家族連れの方が多く、子供の数が29人と最高でした。落ち着いた学びと、子供を通して将来的に希望を抱けるような幸いな雰囲気がありました。オレゴンから高橋和子さんも里帰りで参加。あちらこちらで一年一度の再開を楽しむ風景が見られました。講師はコネチカット州からグリニッチ福音キリスト教会牧師で宣教師の立石尚志先生が、ご家族で途中キャンプをしながらドライブで駆けつけて来られました。
キャンプから帰った翌日、和子さんにグレースに会いに連れて行ってと頼まれ、ついでにお互いにゆっくり話す時間も与えられて感謝でした。和子さんも今年は健康的に問題があり、2日間の入院など大変な経験をされましたが、もうすっかり体調回復の様子で安心しました。その日はそのままアクォースへ行きました。あの「蔦」をはがして作り変えた花壇がすっかり花壇らしくなっています。春先まで雨不足で花も野菜も哀れな状態でしたが暑さと共に雨もたっぷり降るようになって元気に育っています。私の好きな花もだいぶ集まって来ました。伊豆の大きなユリも咲きました。エンジェルトランペットも見つけました。ラベンダーも見事でした。今はコスモスの盛りが過ぎ、ヒマワリが咲いています。ここは自然公園のような住宅地でひどい車の通行はありません。犬と散歩する人、ランニングする人などがあり、先日は私たちの車の前を2匹の仔を連れた鹿がゆったりと横切って行きました。草をとっていると良く声をかけられます。果物の木をもっと増やしたいと思っていますが、こちらに来た年に蒔いた桃、去年買った柿とイチジクには、今年はじめて少しの実がなりました。聖書には4年目にその実は聖なる主への賛美の献げものとなり、5年目に食べることができる、と書いてありますが、以前、厚木でみかんを蒔いて実がなり始めた時、年を重ねて本当に味がぐっと良く変わってびっくりしたことがありました。その時、聖書のこの箇所に思い至ったことを思い出しました。将来が楽しみです。
将来といえば、孫のマイケルが17歳の誕生日を迎えました。早いものです。8月4日から新しい学年も始まり、デイビッドも高校生になりました。朝のスクールバスが同じになったわけです。マイケルはスポーツの秋になって、またマーチングバンドの活動で忙しくなりつつありますが、そろそろその先も考えなければならない年になります。日本と大きく違う所は、大学に入る前には運転免許もとらなければならないことでしょう。大学にはスクールバスがありませんから、自分で通わなければならない訳です。
8月末から大陸横断旅行?を考えています。実現すれば次の号は帰ってから、9月の末になるでしょう。秋色が目に浮かびます。皆様お元気で。
郁 子